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インドニュース(3/11)+今日は日本の大事な日

豪州とインド 中国をめぐる見解の相違


WEDGE 3月11日(火)12時17分配信

 1月21日付け豪州戦略政策研究所(ASPI)のブログ・サイトThe Strategistに、Melissa Conley Tyler豪州国際問題研究所ナショナル・エグゼクティブ・ディレクター及びAakriti Bachhawat同リサーチ・インターンが連名で寄稿し、豪州とインドでは、インド太平洋の概念に中国を含めるか否かで見解の相違があるが、豪州がこの地域に今後も関わって行くことには変わりないだろう、と論じています。

 すなわち、2013年の防衛白書でインド太平洋と定義した地域を、大国間の対立の場所としないように守ることは、豪州にとって、死活的利益である。大国間には、インドと中国の間の対立が含まれる。豪州の戦略の中でも、インドと緊密な戦略的パートナーシップを結ぶことは、重要な部分である。しかし、インド太平洋の捉え方には、豪印間で基本的相違がある。豪州は、中国封じ込めと見られるようなものは避けたいと思っているが、インドの主流の考えは、中国を仲間に入れることに反対であり、インド洋で存在感を示す中国を益々警戒している。

 豪州は、中国を除外すると見られるようなものを推進する気にはならないだろう。インド太平洋地域の中心的国家は中国であり、不可欠な国は米国であり、インド太平洋の定義自体に中国は含まれるので、中国を除外することなど考えられない。公式にもそのように考えられおり、豪州の外交政策は、米国との強い同盟、中国との緊密な経済関係、そして地域を不安定にさせないことを目標とする。

 インドはどうかと言うと、インド人の見方に共通するところは、インド洋でのインドの優位を確保することと、域内で増大する中国の存在に懸念を示していることである。インド周囲のパキスタン、スリランカ、バングラデシュ及びミャンマーで中国が港と給油地を増強していることは、インドの戦略家達の強い懸念となっている。インド海軍が中国の進出を恐れているのは明らかで、2004年の海洋ドクトリン及び2007年の海洋戦略では、中国は、「インド洋に戦略的足がかり」を得ようとし、「インド包囲」を企てている、と記されている。「真珠の首飾り」は、海洋包囲網に対するインドの本能的恐怖心を表現したものとも言える。

 この場合、豪州のインド太平洋政策は、難しいものになる。中国を含める考えは、豪中関係にはプラスとなるが、インドの主流の考えとは合わない。中国の貿易を考慮すれば、中国がインド洋に正当な利益を有し、地域の安全保障体制に入ることに、豪州は概して賛成である。問題は、これがインドの見解と相違することである。

 状況は流動的である。インドでは、インド太平洋の概念に関して今も活発な議論がなされているし、豪州のアボット政権がこの概念をどのように扱って行くかは不明である。

 いずれにしても、豪州のこの地域への関心は高く、どんな定義であれ、今後も議論に関わって行くことだろう。豪州は中国を含む概念を推進するだろうが、同時に、緊張を高め地域を不安定にさせるような行動には、否定的対応を示すだろう。豪州は、域内対立の渦の中に居続けるだろう、と述べています。

* * *

 上記論説は、インド太平洋という概念に関して、豪州とインドでは、中国の扱い方が異なる点を指摘したものです。豪州は、中国を地域の安全保障体制に組み込む関与政策を基本としますが、インドは、中国と国境を接し、直接的な脅威を前に、中国を抜きに戦略体制を構築したいと思っています。

 日本も中国と国境を接し、尖閣諸島問題を始め、直接的な脅威にさらされています。この点では、インドと共通項が多く、インドが語る「真珠の首飾り」は、日本の「自由と繁栄の弧」とも合致します。日本とインドが海軍協力をより推進する意義は、十分にありそうです。

 上記は、「中国封じ込め」と言われるようなことは避けたいとの立場を明白にしている論説です。

 もちろん「中国封じ込め」は誰も表に出しては言わないことです。新興ドイツの封じ込めが目的であった1907年の英露仏協商でも、ドイツという言葉は一言もありません。英露間、英仏間の紛争の種を全部除くのが直接の目的であり、その結果として、ドイツが唯一の敵として残る形となっています。

 麻生元外相の「自由と繁栄の弧」と言い、ヒラリー・クリントンの「アジア回帰」と言い、中国の名指しは避けつつも、その含意は中国包囲網形成であることは明らかです。

 しかし、心の中では包囲網形成であって、表現上これを避けているのと、対中戦略の基本として包囲網形成反対であるとの間には大きな違いがあります。この論文は、明らかに後者です。

 筆者の履歴を見ると、労働党政権時代の活動が多く、その政治的志向は自ずと明らかなように見えます。現に、この論文の中で、筆者は、持説を開陳し、それが豪州の態度であるかのごとき断定的な言い方をしつつも、正直に、アボット政権の下ではどうなるか分らない、と書いています。

 そして、アボット政権の考え方は、12月5日のメルボルン大学における講演の中で、慎重な言い回しではありますが、日本、インドとの協力に重点を置いています。

 アボット政権成立を契機として、豪州の思潮にも変化が見られることが期待できるかもしれません。
.
岡崎研究所

<コメント>
中国は、こうして包囲網を敷かれますが、結局は経済力と突破力で乗り越えていくでしょう。中国の本当の敵いや中国共産党の敵は、自国が民です。これは、アメリカも中国もインドも同じかと思います。ゆえに敵を外に作り、自身への敵意
が向けられないようにします。なので、日本には北朝鮮が必要で、アメリカにはロシアが必要で、中国にはインドが必要なのです。


震災3年目は"区切り"ではなく"これから" - Yahoo!トップページに込めた想い


マイナビニュース 3月11日(火)8時0分配信
●石巻復興ベースが起点に
ヤフーは3月11日、2011年3月11日から3年目が経つことに合わせてYahoo! JAPANのトップページで「東北の復興への思い」を表現した特集を行なっている。今回、同社のソーシャルアクション室 プランナーの永 順太郎氏とCOO事業推進本部 スタートページ・プロダクトマネージャーの堀口 義介氏に、東日本大震災に対するヤフーのこれまで、これからについて話を伺った。

【もっとほかの写真をみる】

Yahoo! JAPANのトップページ全体を利用した取り組みでは、広告企画が話題になることが多いが、1年前にも東日本大震災の復興を支援する取り組みの一環でトップページ変更を行なっている。

堀口氏は、昨年のトップページ変更を「震災前後で被災地の環境は大きく変わってしまったが、見上げる空は震災前も今も変わらない想いを込めた」と振り返る。被災3県の磐梯山(福島)や室根山(岩手)、蔵王連峰(宮城)という代表的な山々を重ね合わせて表現することで、東北への意識を忘れないでほしい気持ちを表わしたが、今回は衛星写真を利用することで、「3年目、3.11は東北が注目されるべきだと思い、東北自身をそのまま利用した」のだという。

「今回はスマートフォン向けにも最適化サイトを作るため、PC向けと合わせて多くの方に"気付き"を持ってもらえると思う。普段、ヤフーがこういう取り組みを見てほしいというのはあまりない。365日のうち360日が白背景で粛々とやっているからこそ、このような大事な日に1日だけこの取り組みができるし、見てほしい」(堀口氏)

下記の動画かYahoo! JAPANのトップページを見てもらえるとわかるが、日本地図の上に、通常のヤフートップのリンク、そして白い雲が別々のレイヤーで表現されており、復興への取り組みを行なっている被災地住民の取り組みを紹介する「東日本大震災から3年 つながろう、明日も」にグラフィカルに遷移しているのが見て取れる。

復興の取り組みを紹介するページでは、被災主要3県、あまちゃんの三陸鉄道や福島県産の農作物生産者の6エピソードをヤフー社員が生身で取材している。堀口氏は「私たちが提供するコンテンツは、基本的にパートナー企業のコンテンツをいただいて掲載しているが、震災については実際に足を運んで話を伺うことに重点を置いた」と取材の意義を語る。

コンテンツ製作側としても尽力した永さんも「石巻復興ベースがあり、地に足を付けているからこそできたことだと思う。そこを接点として復興デパートメントの取り組みや"アカモク"のブランド展開支援といった被災地が立ち上がれるような支援ができている」と、被災地との密接な関係作りが重要な要素だとする。

もちろん、ビジネス視点だけではドライになってしまうとも話し、「Yahoo!ショッピングに東北のものを入れれば良いという話ではなく、より深いものを伝えた方がヤフーユーザーの方にも被災地を知ってもらえるし、暖かい想いも込めて被災地の商品を購入してもらえると嬉しい」と、この取り組みを通して知ってほしい被災者の苦悩をくみ取ってほしい想いを話した。

被災地のと関係作りという点では、石巻復興ベースが果たしている役割は非常に大きい。「復興ベースは自由な場所。近所の人がフラッと入ってきて、おばちゃんたちが井戸端会議をやっていたり、学生が宿題をやりに来たりしている。ヤフー社員が5人ほど地元に移住して運営しているが、本来はネット企業の社員というところでサービスを作るのが基本なのに、その枠をはみ出してネット企業以上のやってやろうとしている。この姿勢は復興支援だけではなく、仕事としても見本になる」と堀口氏は話す。永氏も「彼らのやろうとしていることは応援したい」と同調していた。

●震災からの復興は3年で終わるわけではない
永氏はソーシャルアクション室でLinks for GoodというNPO活動の支援事業を担当している。東北のNPOやボランティアの支援を続けている中で「地元の人にも、復興デパートメントなどのヤフーの取り組みが震災3年目と区切られてしまうことだけは避けたかった」という思いがあったことを話す。

「4年目から更に頑張って、5年とか10年という目線でやっていくことを震災の復興支援ページでは表現したかった。(石巻復興ベースでは)最初はなんだこいつらと思われていたかもしれないけれど、一緒に復興への取り組みを進めていく中で得たものがページに載っている」(永氏)

震災の復興支援ページでは、被災3県の人々の写真を映し出し、「どういう人なんだろう」と深く"人間"を知ってもらう為の記事を提供している。また、東日本大震災の重要なキーワードである「放射能」についても目を背けることなく、現状を知ってもらう為に福島大学准教授 小山良太氏に福島の農業の"今"を聞く記事を掲載している。

「福島県の現状は、未だに放射能汚染による警戒区域が残っていることは確かだけど、安全と科学的に実証されているところが多い。福島県の農業、生産者の支援という点で、小山教授に話を聞いて、『こういう検査をやっているから、福島県産の農作物は大丈夫なんだ』ということをお答えいただいている。原発問題では、感情論やヒューマン系の話になりがちになるが、科学的な検査・調査というデータを見せることでフラットな立ち位置で話を見てほしい」(永氏)

2013年のコンテンツでは復興支援者の話をメインに構成していたが、今年は被災者を中心に話を組んだという。

「被災者の方が現在の状況を正確に伝え、読者に響くのではないかと考えた。被災地は悲壮感が漂っているわけではなく、頑張っている人が多く居る。もちろん、支援はまだまだ必要だし、ヤフーとして募金もやっているが、この特集でお願いしたいことは足を運んでほしいということ。地元の人は『人が来るだけで良い』と思っていると思う。お金だけではなく、『見てもらう』『来てもらう』『知ってもらうこと』が一番大事だ」(永氏)

ヤフーは現地へ足を運んでもらうことを目的としたツール・ド・東北を2013年に開催しており、今年も9月14日に開催予定だという。

●東日本大震災における検索ワードを視覚的に振り返る
ヤフーでは、このトップページの取り組み以外にも「Yahoo!検索、「3.11」で検索するだけで寄付ができる震災復興チャリティー」なども行なっている。

Yahoo!検索の震災にまつわるほかの取り組みとしては、Search for 3.11 ビジュアライザという、インフォグラフィック(視覚的に情報を伝える画像)のような検索データ可視化コンテンツを公開した。下記の動画でも見られるが、Search for 3.11のWebサイトであれば、自由な年月日で検索ワードを見ることができる。

これは、東日本大震災に関連する検索ワードを抽出して、検索数を文字の大きさで表わし、時間の経過と共に検索ワードがどのように移り変わっていったかを確認できるもの。現在に至るまで3年間の検索キーワードが視認しやすく表示されており、震災当時の世の中の混乱ぶりがうかがえる。

2012年3月11日、2013年3月11日の少し前は地震に関する検索ワードが徐々に増えるなどの傾向も見て取れるため、「3.11と検索することが寄付になるし、東日本大震災というものを改めて考えてもらうキッカケになってもらえれば」(ヤフー広報部)としている。

(徳原大)

<コメント>
あれから3年。。私はお店でマッサージをしていた、常連のお客さんとの個室。並々ならぬ揺れに慌てて外にでた。東京は大丈夫そうだった。店を締め、テレビをつける。東北だ。実家はどうだろう?(栃木)電話は勿論繋がらない。テレビ、ツイッター、ネットを必死に見る。1時間後、テレビには衝撃の光景が・・。原発も危ないらしい。
いよいよ、日本も終わるのか、このまま東京に入れるのか?
まずは、我が身と仲間と家族の安全だった。
津波は、画面上を進んでいく、凄まじい。同胞の日本人が飲み込まれていく。
自分は無力だ・・
妹から連絡が入る。池袋からの公衆電話。電車が止まっているので迎えに来て欲しいとこと。
「駅でいればそのうち助けがくる」と言っても「いやだ」という。
こりゃ、渋滞でいつ行かれるか分からないが、兄の弱み、車を出す。
案の定、車は大渋滞、人々は大量に歩いている。世紀末の光景だった。
警察も自衛隊も見えない。
市民は黙々と歩いている。
車は動かない。仕方なく、妹にも歩かせる、山の手通り。
携帯、メールはたまにつながる。
奇跡的に妹と合流、そのまま渋滞の中、何時間もかけて帰る。
その道すがらの光景。
地震一発で、人類文明など脆くも崩れる。
一晩して、原発がやばいという情報がツイッターでめぐる。
結局、キノコ雲をテレビで見て決断。東京から山梨河口湖の別邸へ。
オイラも含め5名。
2部屋に5人。
東京の放射能汚染から逃れたのだ。
その後、マスコミの無能ぶりにほとほと呆れ、支援と原発の「いま」を見に福島へ。
確か事故から10日の26日ぐらいだったと思う。
プリウスに、支援物資を満載に積み、東京を出発。
いわきで、女とおじさんはおろし、男2人で、目指すは30km圏内、福島原発。
検問を抜けて、第二原発、富岡町、第一原発を訪れた。
津波あとはもう忘れられない。自然は恐ろしい。
原発の周りは、電気も通り、信号もついているが人が一人もいない。
映画の世界のようだった。
あれから3年。
日本は変わらなかった。僕も変わっていない。
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テーマ : インド
ジャンル : 海外情報

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どらさん

Author:どらさん
インドへ移住します。(バンガロールへ準備中)

アメショー7匹飼ってます。

四十路前の猫好き親父です。

いろいろなこと書きます。

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